lassiのブログ

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2020/1/6 クーリヤッタムの衝撃

サンスクリット文学」講義にて、「クーリヤッタム」なるもののビデオを見た。(2001年にクーリヤッタムがユネスコ無形文化遺産に認定された際のNHKの特番らしい)

 

「クーリヤッタム」とは、南インド、ケーララ州に伝統的に伝わる演劇である。成立年代は不明だが、千年以上の歴史をもつとされている。

そして、これは古代インドのサンスクリット劇で唯一現存している演劇形態だという。

もともとはヒンドゥー寺院の中でのみ、奉納という形で上演されていたもので、しかも演者はある家系の中からのみ選ばれていた(現在は異なる※後述)。

 

 

https://youtu.be/o-MlA-Ubc2I

YouTubeにも、2015年の堺まつりに参加された様子がアップロードされている。

動画を再生すると、まず太鼓が激しめに鳴り響く。この太鼓群はミラーヴ、イダッキヤと呼ばれる楽器で、リズムによってその瞬間瞬間の情感(インド美学ではラサと言う)を表すものだ。

ここで、リズムについて考えてみる。音楽的な定義では、リズムとは「最終音が多かれ少なかれ完結(終止)の印象を与える音のグループ」(M.リュシー(2008)による。)である。しかしこの定義はあまりにも非人称的でつまらないので、リズムの人間的な側面を考えてみる。

われわれに一番身近なリズムは心臓の音であろう。心臓の音は、呼吸(これもまた身近なリズムだ)などの要因によって早くなったり遅くなったりする。特に呼吸は、発話と連動する。つまり、発話(と、そのひとまとまり)は人間が生み出すリズムである。たんに発話と言っても音声を発することだけではなくて、その際の心の様子(ラサといってもよろしいだろう)も含まれるはずだ。そして、その心の様子は決して目にすることはできないし、全て言葉にすることもできない。しかし、われわれはその情感を感じたことがあって、(正確ではなくとも)理解することができるものだ。

そんなわけで、この太鼓群は言葉にはできない情感(ラサ)をリズムによって表現する役割を持っているのだ。ちなみに、太鼓のリズムは即興的につけられ、それにより演劇をもっと生き生きとさせているにちがいない。

 

次に、演者ならびに演劇理論についてだ。

演者は、男役はチャーキヤール家、女役はナンギヤール家の者から選ばれていた。しかし、ゴーパーラン・ヴェーヌという「クーリヤッタム」に惚れ込んだ舞踊研究者が頼み込んで特別にチャーキヤール家以外の者の弟子入りならびに上演が許可されたという。現在では幾人か家系外の演者が存在する。このヴェーヌという人の努力により寺院以外での上演にはじまり、なんと京都公演(2008)まで行われているのだ。

先程は太鼓のリズムについて述べたが、「クーリヤッタム」を目にして一番驚いたのが、アビナヤとよばれる手の動きと、眼の表現である。

前者は、上の動画の2:10あたりから行われる。手話のようにも見えるこのアビナヤだが、これはまさに手によって意味内容を表現するための技術である。現在のインド手話(そもそも存在するのか?存在するとしたらヒンディー語だろうか?)にもこれ受け継がれていたら大変面白い所だが、サンスクリット古典劇で使用される以上日常語彙はあまりなさそうだ。

後者については、こちらの動画をご覧いただきたい。

https://youtu.be/XZILQ4jeURQ

とにかく目がぐるぐる。

「クーリヤッタム」においては、眼がとにかく重要で、化粧も目の隈取りから始めるほどだそうだ。

なぜ眼が重要であるかはビデオの中や授業では触れられなかったが、きっと表情をとらえる際に目を意識する文化なのだろう。日本語の顔文字は目のバリエーションが多いが、英語圏の顔文字は口のバリエーションが多いという。これはすなわち、表情を捉える際に日本では目が重視され、英語圏では口が重視されるということを示しているようだ。日本と同じように、南インドでは眼が重要視されていたのだろうか。

ちなみに、クーリヤッタム京都公演の公式サイトには、

表現技法

クーリヤッタムの身体表現技法(アビナヤ)は、手振り(ハスタ・ムドラー)が24種類、目の技法が54種類、頬や鼻の動きが14種類、それらを組み合わせて多様な情感を表現します。

と記されている。単純計算で2万通り近くの情感があることになる(実際は違うだろうが)が、基本のラサを含めて、自分のあげることの出来るいわゆる「情感」はせいぜい100ほどであるだろう。それを思うと、概念化されていない情感というものは確実にあり、それを太鼓のリズムやアビナヤといった身体的で非言語的方法で表現すると、受け手にはダイレクトに、言語を介さず情報が伝達されるので、あるいみ一番手っ取り早い表現方法であるように思える。

 

<参考文献>

「クーリヤッタムとは」『クーリヤッタム 京都公演 公式サイト』2008.

https://kuti-kyoto.org/intro/intro.html

M.リュシー『音楽のリズム 要約版』飯島かほる訳. 中央アート出版社,2008.